弁護士の知識

時効の援用

2025年11月19日

『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9

ガイダンス

時効の援用とは、時効によって利益を受ける者が時効の成立を主張することをいいます。時効の利益を受けるには、時効を援用しなければなりませんが、誰でも援用できるというわけではありません。民法145条は、時効を援用できる者(援用権者)を「当事者」とした上で、消滅時効の場合、当事者には、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者が含まれるとしています。

時効援用権者

■事件の概要

Yは、Aに金銭を貸し付け、その債権を担保するため、A所有の不動産(本件不動産)に抵当権の設定を受け、その旨の抵当権設定登記がなされた。その後、本件不動産には、さらにXを抵当権者とする抵当権が設定され、その旨の抵当権設定登記がなされた。Aが弁済期を過ぎても債務を弁済しないため、Yは、本件抵当権の実行として競売を申し立て、競売開始の決定がされ、本件不動産に差押登記がなされた。

判例ナビ

Yが抵当権を実行した当時、YのAに対する債権の消滅時効期間は既に経過していました。そこで、Xは、YのAに対する債権は時効により消滅したと主張して、Yの抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴えを提起しました。抵当権には、被担保債権を消滅させるという性質(付従性)があり、被担保債権が消滅すると抵当権も消滅するからです。訴訟では、先順位抵当権者であるYの債権の消滅時効を後順位抵当権者であるXが援用することができるかが争われました。第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。

■裁判所の判断

民法145条の当事者として消滅時効を援用し得る者は、権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されると解すべきである…。後順位抵当権者は、目的不動産の価格から先順位抵当権によって担保される被担保債権額を控除した価額についてのみ優先して弁済を受ける地位を有するものである。もっとも、先順位抵当権の被担保債権が消滅すると、後順位抵当権の抵当権順位が上昇し、これによって被担保債権額に対する配当額が増加することがあり得るが、この抵当権の順位に対する期待は、抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないというべきである。そうすると、後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当するものではなく、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができないものと解するのが相当である。

解説

先順位抵当権が消滅すると、後順位抵当権の順位が繰り上がり(順位上昇の原則)、後順位抵当権者が不動産競売から優先弁済を受けられる額は増加します。本判決は、この優先弁済額の増加という後順位抵当権者が受ける利益は、順位上昇の原則によってもたらされる反射的な利益にすぎないとして、後順位抵当権者が先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することを否定し、Xの上告を棄却しました。

この分野の重要判例

◆時効完成後の債務承認(最判昭41.4.20)

債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知っているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が時効の完成後、時効消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から右承認が時効が完成したことを知ってされたものであると推定することは許されないものと解するのが相当である…。したがって、原則は、上告人Aは商人であり、本件債務について時効が完成したのちその承認をした事実を確定したうえ、これに気付かないで債務の承認をしたとしても、時効の完成したことを知りながら右承認をし、右債務について時効の利益を放棄したものと推定したのは、経験則に反する事実をしいたものというべきである。しかしながら、債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし、時効の完成後、債権者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。

解説

本判決は、時効完成後に債務承認をした者は、時効完成の事実を知らなかったとしても、信義則上、その時効を援用することはできないとしたものです。

過去問

1 Aが甲債権の担保としてB所有の不動産に抵当権を有している場合、Aの後順位抵当権者Dは、Aの抵当権の被担保債権の消滅により直接利益を受ける者に該当しないため、甲債権につき消滅時効を援用することができない。(行政書士2016年)

2 時効の完成後にそのことに気付かないで債務の弁済をした場合には、後に時効の完成を知ったとき改めて時効を援用することができる。(公務員2020年)

1 〇 後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができません(最判平11.10.21)。したがって、Dは、甲債権について消滅時効を援用することができません。

2 × 債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、その後にその債務について完成した消滅時効の援用をすることは、信義則に反し許されません(最判昭41.4.20)。